夏の節電、すべきか否か

関東地方は梅雨時だけど夏も近づき、先日などは35度を超える猛暑を記録した地域もあった。

これから真夏を迎えるにつれエアコン需要も増すわけで、そうなると当然東京電力管内の供給能力も逼迫してくる。
自分で言うのもなんだけど、3.11の震災以降割と私は節電に協力的だった方だと思う。リビングのTV周りの電源タップはコンセントから引き抜き、しばらくTVもXbox 360も稼働しない日々が続いたし、一人暮らしなので基本的に夜の電灯は自分のいる部屋一カ所だけで、調理なんかもマイクロウェーブや電気ケトルの使用を極力避けてガスを中心に使ってきた。
おかげで3月以降の電気料金がえらく下がって、これまで平均¥6,000〜¥8,000だったのが3月は¥5,000台、4月は¥2,000台、5月は¥3,000台だった。
震災直後は原発の状況もよく分からなかったし、何を言うにも自然災害が原因で被災地の人々は生死の境をさまよっておられた方、避難所で不自由な生活を強いられた方も大勢いらっしゃったのだから、五体満足で暮らしていられる我々もせめて彼らの助けになるよう行動すべきと考えて、節電への協力や募金などへのモチベーションも高まったものだ。
けれどもここにきて、このまま電力会社の要請に対して従順に節電を続けることが本当に自分たちにとってよいことなのかどうか疑問が増してきた。
原発を巡っては、福島原発で身を挺して実作業に当たられているスタッフたちにはねぎらいの言葉をいくら述べても述べ足りないけれど、翻って東京電力の経営陣や政府の対応というのが誰の目から見ても無責任かつ計画性に乏しく、昨今の相次ぐ設備のトラブルなどに見られるようなお粗末さを露呈してきた。つまり、今なお現在進行形で続く福島の問題はれっきとした人災なのである。
にもかかわらず、いまだに日本国中の電力会社や関係省庁の間にはドラスティックな改革の動きに乏しく、彼らは既得権益にしがみつくことに恋々としているように思える。
常識的に考えるならば、東京電力をはじめとした既存の地域独占型の電力会社をあまねく解体させて、発送電の分離や電力会社間の競争を促すような新しいスキームを一日も早く整えることが急務に思えるが、そのような動きは一部で議論されるにとどまっているにすぎず、相変わらず国会では首相の進退問題に代表されるような国民不在の空疎な政局ゲームが繰り広げられている。
そうであれば、今や自分たちの節電への取り組みというのは被災地のためでもなんでもなく、単に既存の電力会社の延命に手を貸しているだけなのではないか、と思わざるを得ない。
むしろここは我々みんな普段通りの生活を取り戻して、そのうえで電力不足に見舞われて再び計画停電が行われるようなことがあれば、今の東京電力に日本の首都圏の電力インフラを任せるに値しないのだ、といったような認識が浸透し、改革への気運が高まるのではないか。
もちろん震災や原発事故はあろうがなかろうが、無駄な空調や誰もいない場所での照明を控える、といったようなひとりひとりに出来る節電は引き続き大切だけど、昼間でも暗すぎて本すら読めない電車内、お年寄りや体の不自由な人たちにはとても辛そうなエスカレーターやエレベーターの停止、ぱっと見で閉店と錯覚してしまうようなお店のディスプレイなどはそろそろ考え直しても良い時期じゃないかな、と思う。
そんなわけで、うちもそろそろリビングの電源タップを再び差し込んで、TVで好きな海外ドラマやXboxのゲームでも楽しもうかと思っている。

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