バーベキューとボウリング

先月、お世話になっている音楽の師匠、そして弟子の皆さんと埼玉にある彩湖・道満グリーンパークへバーベキューに行って来た。

「彩湖はサイコー!」ってなダジャレはひとまずおいといて(笑)、やっぱり自然の中で堪能するビールや料理は本当に最高。
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自分は炭や雑多な消耗品を準備する係だったのだけど、炭が電車で運ぶにはあまりにも重くかさばり、泣く泣く前日タクシーで移動するハメに……。(汗)
当日はあいにくの薄曇りで午後から雨に降られたものの、メンバーの中にキャンプの達人(笑)がいらっしゃったので色々な段取りがてきぱきと進み、しっかりバーベキューを堪能できた。感謝♪
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撤収後、お師匠の「遊び足りない」の鶴の一声で二次会はボウリングに決定!
久々に投げたら、スコアが散々だった……。
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ともあれ普段デスクワークが多いので、久々にぱ〜っと遊んで気分がよかった!
先生、皆様、ありがとう!

猛暑に狂えど。

こないだ、アメリカに行っていた友人からお土産を頂いた(というか、ねだった(笑))。

それがこのKool-Aid(クールエイド)、粉末ジュースの素である。
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YouTube上のビデオで初めてその存在を知ったのだけど、アメリカでは古くから子供に親しまれている定番ドリンクなんだそうな。
ところが日本では認可されていない原料が使われているとかで、我が国の輸入食料品店などでもめっきりお目にかかれない。
このKool-Aidのすごいところは、一袋たったの¢25(約20円)で2クォート(2リッター弱)もジュースが作れてしまう驚異のコストパフォーマンス。
しかも砂糖が入っておらず、甘さは自分で砂糖を入れる量を増減することで好みに調節することができるところもナイス。(おおよそ標準的には2クォートにつき砂糖1カップ)
カロリーが気になる人は、砂糖の代わりにスプレンダのような人工甘味料を使ってもよい。
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こちらが出来上がったKool-Aid。まるで宝石をそのまま溶かしたかのような綺麗な色。
だが同時に、お世辞にもこれはカラダに良さそうには見えない。(笑)
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ちなみにこれはイチゴフレーバー。
味のイメージは、かき氷にかけるシロップを少し酸っぱくして水で薄めたような感じ。
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一方こちらはグレープ味。かなり味は本物のぶどうジュースに近い。
この紫色は、光に透かして眺めると例えようのない美しさがある。
ここ連日、日本の東京は摂氏35度を超える酷暑が続いているが、今年の夏はこのKool-Aidをお供に乗り切ろうと思う。ただし、運動も忘れずに……。(汗)

無灯火パラダイス

うちの地元では、夜に無灯火で走る自転車がやったらめったら多い。

「無灯火チャリを心から憎む会副会長」(笑)を自称する私としては非常に心穏やかではないのだが、「多い多い」と言いながら実際どのくらい多いのか数字で裏付けるべく、調査を敢行することにした。
方法は簡単。昨晩10:40PM〜11:10PMの30分間、家路を急ぐ人が多くみられる近所の路地のそばに陣取って、通り過ぎる自転車の灯火、無灯火を目視で確認しつつひとつずつカウントしていくだけ。(おかげで3カ所も蚊に刺された……)
カウントに使用したのは”Tap ‘n’ Counter“というiPhone App。結果は……?
結果は......?
30分の間、目の前を通過した自転車は計74台。その中で無灯火のものはなんと50台もあった。
率にすると68%。おおよそ3台に2台の自転車が無灯火というあきれた結果で、体感的な印象とほぼ一致する。
自転車調査
おまけに無灯火の連中の中には、呆れたことに携帯電話で通話しながら片手で自転車を漕いでいる馬鹿者も2名いた(いずれも若い女性)。
思うに無灯火で自転車に乗っている連中というのは、なぜ自転車のライトを点けるか理解できていないのではないだろうか。
自転車のライトは、視界を明るくするために点けるのではない。相手(特に自動車)に自分を認識してもらうために点けるのだ。
しかしそれにしても、なぜわが街はこんなにも無灯火自転車が多いのか。
「○○区(うちの地元)に入った途端、無灯火自転車が大増殖して怖かった」と訴えていた友人の顔が思い出される。
とはいえ無灯火ライダーズに下手に注意して逆ギレされても面倒だし、もう「無灯火で自転車に乗っていたら懲役3年」とか、「無灯火自転車を車で轢いてもお咎めなし」とか極端なことをやるしかないのではないか、と思える今日この頃である。

トイレにバッグを置き忘れる

今日は、まさかの大失敗を犯してしまった。

食料品を買い出しに駅前のショッピングセンターに出掛けたときのこと、とりあえず用を足したかったのでトイレに駆け込み、そのあと食料品売り場でぶらぶらと夕飯の惣菜を物色してレジに向かう。
財布をハンドバッグから取り出そうと手をやったら、なんとハンドバッグがないではないか!!
サーーーっと顔色が青くなる私。
気が動転したあまり、かごに入れた商品を持ったままお店を出ようとしてまたもあたふたしつつ引き返して、商品を一つずつ棚に戻し急ぎ2Fのトイレに駆け込んだところ……なんとハンドバッグがなくなっているぅ!
うわぁ〜、盗まれたか〜〜〜! と思いつつ1Fに取って返し、藁にもすがる思いで警備員の詰め所で問い合わせてみたところ……奥で書類と格闘していたおじさんから「あっ!」という声が……よく見ると、窓口の脇に私のハンドバッグがあるではないか!
警備員「ちょうどさっきトイレを清掃に来たスタッフが見つけて届けに来たんですよ。いやぁ、よかったですね〜」
三輪「いやほんと助かりました! ありがとうございます!」
警備員「じゃ、ここにサインをお願いしますね〜」
てなわけで、無事に愛しのハンドバッグが我が手に戻って来た。
帰り際中身を確認してみたところ、盗まれた物は何もないようで、ほっと胸を撫で下ろす。
うわぁ〜、まだ心臓がバクバクしているよ……。(汗)
今後は何事にも、もっと気を引き締めてかかろう。
ともあれ、これは治安の悪い国だったらもうダメだったかもしれない……財布にそれなりの金額が入っていたし、クレジットカードや銀行の通帳だって入っていた。
近頃、政治や経済、教育など、あらゆる点で世界から取り残されつつある日本だけど、こういう治安の良さは胸を張って日本が世界に誇れるものの一つだと、つくづく再確認した出来事だった。

耐え忍ぶ時

最近ブログを更新していない。

自分で撒いた種とはいえ、複数のプロジェクトの納期に追われててんてこ舞いな日々。
買い物にも行きたいし本も読みたい、友達を家に呼びたいしボーリングも行きたい……。
しかし、欲しがりません、勝つまでは!

敷き布団 vs ベッド

皆さんは布団派だろうか、はたまたベッド派だろうか。

自分は実家を出てからずっと毎晩布団を敷いている。
敷き布団はベッドのように使わないときは押し入れにしまうので場所を取らないのが良いし、布団を敷くことそのものはそんなに億劫には感じない。
でも最近忙しい日々が続いていて、あまりまとまった睡眠を取る訳にもいかない。
こんなときは一転して、布団を敷くことそのものが「まとまった睡眠を取る体勢を取る」意味合いを帯びて来て、とたんに後ろめたい気分になってしまうので困る。
例えば仕事中「ちょっと一時間仮眠……」といったときに、わざわざ布団を引っぱり出してきて寝るというのも、どうも仕事に対するモチベーションが下がりそうでよろしくないし、かといって床の上に寝転がって、まあ頭はクッションをかうにせよ、いかにも風邪を引きそうである。
こんなときは、ちょっと「ベッドが欲しいなぁ」などと思ってしまうが、お世辞にも広い自宅(兼事務所)とは言えないのでそんなものを置くスペースはないし、ロフトベッドというのもインテリア的美観の点であまり食指は動かない。
それに自分はけっこう、敷き布団というものを愛してもいる。敷き布団は「家の中では靴を脱いで上がる」綺麗な床でこそ成り立つ、日本が世界に誇る素晴らしい文化だと思う。(笑)

○○は風邪引かない!?

フリーランスで仕事をやっていると、会社員でいた頃以上に「病気で働けなくなる」ことに対するプレッシャーが強くなる。

もちろん会社員でも病気しないに越したことはないのだけれど、ゆとりのあるときには自分の不在の間の穴を同僚が埋めてくれるので数日休んでも致命的な状況にはなりにくいのに対して、今の自分の仕事スタイルだと、自分がほんの数日休むだけで納期がギリギリになったり、プライベートの予定に影響が出たりする。
ところが幸い、ここ2年まともに風邪で熱を出して寝込んだことが一度も無い。
「ちょっと風邪っぽいかな〜」って感じたことは何度かあるけれど、そこですかさず風邪薬を飲んでおとなしくしていれば悪化することはないし、体調が原因で仕事に支障が出たことは幸い今のところ皆無だ。
仕事柄、自宅作業が多いのでたくさんの人と接触する機会が会社員より少ないせいか、あるいは普段手洗いやウガイを徹底しているのが功を奏してか、はたまた自分同様ほとんど風邪を引かない人だった母親からの遺伝なのか、それは分からないけどとにかくありがたいことだ。
このまま「体が丈夫!」を武器に、これからもたくさん曲を書いていきたい。

ぎょえ〜んっ。

先日、お花見で新宿御苑に行ったけど、めちゃくちゃ寒かったし雨にも降られた。

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が、集まったメンバーは皆楽しい方ばかりで話題は尽きないし、新しい出会いもあった!
幹事さま、ありがとう。

iPhoneのホーム画面

家で仕事をしているとなかなかブログのネタも思いつかないので、今日は自分のiPhone 3GSのホームスクリーンを公開してみる。

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第1画面。デフォルトのまま使うのが好きなのでまったくいじっていない。
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第2画面。標準の”Contacts”アプリケーションのほか、Apple謹製のアプリケーションを並べてある。
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第3画面。ネットに接続して使うタイプのアプリケーションをまとめてある。
Twitterクライアントは最近”Twittelator“から”TwitBird Premium“に乗り換えた。
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第4画面。日本ローカルなネット接続系アプリケーションが並ぶ。
青空文庫」のコンテンツをiPhoneで読める「i文庫」は特にオススメ。
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第5画面。世界中のインターネットラジオが聴ける”Tuner“や、iPhone同士をぶつけてコンタクト情報の交換ができる”Bump“など、スタンドアロンで利用するアプリケーションをまとめてある。
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第6画面は音楽系アプリケーションのコレクション。
iPhoneがCubaseのリモコンに早変わりする”Cubase iC“や、画面がリアルなメトロノーム、”iMetronome“はよくお世話になっている。
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第7画面。ゲームその1。
Facebookのフレンド同士でスコアを競える”Bejeweled 2“や、中毒性の高い”geoSpark“などが特にお気に入り。
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これで最後、ゲームその2。
最近はOpenFeintAGONなど、iPhoneのゲームにちょうどXbox Liveのリーダーズボードや実績と同等の機能を追加できるプラットフォームが登場していて、それらに対応したタイトルが増えて来ている。

iPadに思う

いよいよ今日4月3日、Appleのお膝元であるところの米国で、同社の新しいスレート型デバイス、iPadが発売になる。

1月のSteve JobsによるキーノートでiPadの全貌がはじめて明らかにされた当初、実は個人的には少し肩すかしというか、Jobsが言うように「魔法のような革新的なデバイス」とはいささか言い過ぎじゃないか、といったような第一印象を持った。
既に私が普段からiPhoneを気に入って肌身離さず持ち歩いているということもあるのだろうけれど、iPadの多くの部分はiPhone/iPod Touchを受け継いでおり、「iPad=巨大化したiPhone」に過ぎないと考えたのだろう。最初は妙に任天堂の「DSi XL」とダブって見えたものである。
AppleとしてはこのiPad、PCと携帯電話の中間に位置する「第3のカテゴリー」を意図しているとのこと。
確かに自宅でくつろぎながらWebや写真を見たり、新着メールをチェックしたり、はたまたゲームに興じたり、といった用途にPCはいささか仰々しいというか、その事務的なルックスからか少し構えてしまうし、特にテクノロジーに明るくない人たちにとっては、やれ周辺機器の接続だ、セキュリティアップデートだ、と肝心の目的にリーチするまでに煩わされることが多々ある。
なるほど、PCでワープロや表計算などのドキュメント作成をしたり、あるいは写真の編集や音楽制作などのクリエイティブワークに利用したり、といったことはせず、単にデジタルライフをカジュアルに楽しみたいような層にとって、iPadは魅力的に映るかもしれない。
が、iPhoneやiPod同様、iPadを使うにはPCが必須なのである。これは単にコンテンツをiTunesで管理しているというしがらみからくるものなのか、あるいはもっと深いポリシーがAppleにはあるのか、はたまた単にMacをたくさん売りたいだけ(笑)なのか、その辺りの事情はよくわからないけれど、このことから例えばPCに不慣れな(失礼!)実家の母親にiPadを奨めようとはあまり思わない。
ところがここ数日、色々とiPadに思いを馳せてみて、このまだ見ぬ未知のデバイスへの自分の中の評価が少しずつ変わってきた。
例えば自宅でWebサーフィンやメールチェックをするとき、やはり一番多いのはPCの前に座ってマウスを片手に、というスタイルだけれど、テレビを見ながら出演しているタレントのプロフィールを調べたり、あるいは床に就いても寝付けないときなどは、気がつけばiPhoneのスクリーンに指を滑らせている自分がいる。
思えば携帯電話がこれだけ市民権を得ている昨今、もはや人々はコンピュータやインターネットを、PCという文字通り「机の上(デスクトップ)」を超えて、場所やシチュエーションを問わず活用するライフスタイルを享受できることの便利さにすっかり慣れきってしまったのかもしれない。
そしてiPhoneは常に持ち歩いて、どこへでもWebや便利なアプリを連れ出せる画期的なデバイスだけれど、やはり携帯性に重きが置かれるため自宅で使うには画面が小さいな、と思えることが少なからずある。
ここまで思いを巡らせると、「あぁ、なるほど」といった感じにAppleの提案するiPadの利用シチュエーションに合点が行く。まさにデモムービーで紹介されているように、リビングでくつろぎコーヒーを飲みながら、それこそ新聞や雑誌をソファで広げる感覚で、肩肘張らずにWebや写真を楽しむスタイルが「iPad流」なのだろう。
少しだけ、iPadの目指すものが見えてきたような気がした。